Issues in Japanese Psycholinguistics from Comparative Perspectives
今年3月に大学院博士課程を修了した中島潤さんと太田の共著論文が、De Gruyter Moutonから出版された論文集 “Issues in Japanese Psycholinguistics from Comparative Perspectives” に掲載されました。
日本語には2種類の形容詞派生名詞(いわゆる「サ形」(強さ)と「ミ形」(強み))が存在します。例えば「強さ」が「強いこと」を意味するように、サ形は元の形容詞と共通する意味を持っています(意味的に透明)。これに対して、「強み」が「長所」を意味するように、ミ形は元の形容詞とは異なる意味を持つことがあります(意味的に不透明)。また、サ形は大部分の形容詞から作ることができるのに対し、ミ形を作ることができる形容詞は30語程度しかないことも知られています。これらの違いを根拠に、従来の研究では、サ形とミ形は脳の異なるメカニズムが関与すると考えられてきました。
私たちは、サ形とミ形を用いて短時間のプライム語に続けてターゲット語を呈示するマスク下プライミング実験を行い、ターゲット語が日本語の単語かどうか判断する語彙判断課題中の脳波・行動データを計測しました。実験の結果、プライム語とターゲット語が同じ形容詞に由来する場合、サ形とミ形の両者で意味処理に関わる事象関連電位N400の振幅が減衰する(語彙的プライミング効果が生じる)ことや、語彙判断課題の正答率の上昇や回答時間の減少が見られる(語彙的プライミング効果が生じる)ことが明らかになりました。これらの結果は、サ形とミ形が同じ脳のメカニズムで処理されることを示唆しています。一方で、意味的に不透明なミ形ではより大きなN400が生じたことから、サ形とミ形の意味的透明性の違いはN400の振幅として観察されることも明らかとなりました。さらに、形容詞派生名詞になりにくい(形容詞派生名詞に含まれる形容詞語幹と派生接辞が共起しにくい)単語ほど、N400の振幅が減衰することも明らかにしました。この結果は、形容詞語幹と派生接辞を組み合わせて派生名詞を作る処理をN400が反映している可能性を示唆するものでした。
Nakajima, J. & Ohta, S., “(Dis)similarities between semantically transparent and lexicalized nominal suffixation in Japanese: An ERP study using a masked priming paradigm,” In Koizumi, M. (Ed.), Issues in Japanese Psycholinguistics from Comparative Perspectives: Interaction between Linguistic and Nonlinguistic Factors (Vol. 2) (The Mouton-NINJAL Library of Linguistics Series) (pp. 133–162), Berlin/Boston, De Gruyter Mouton, 2023. doi: 10.1515/9783110778939-008